タンパク質フォールディングの速度論的制御分子の開発に関する最新の知見と展望 ―「遅延制御機構」が反応を促進する新しい学理と、構造異常タンパク質に起因する難病治療に貢献する学術基盤―
タンパク質フォールディングの速度論的制御分子の開発に関する最新の知見と展望
―「遅延制御機構」が反応を促進する新しい学理と、
構造異常タンパク質に起因する難病治療に貢献する学術基盤―
ポイント
- フォールディング(折り畳み)は、タンパク質の機能を獲得する上で必要不可欠なプロセスであり、生体内では分子シャペロン(フォールディングを助けるタンパク質)や酵素がその促進を担っています。それらの作用メカニズムの解明は、構造異常タンパク質が引き起こすパーキンソン病やアルツハイマー病、ヤコブ病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、沖縄型神経原性筋萎縮症、2型糖尿病などのミスフォールディング病を理解し、治療薬の開発につながる重要な知見を提供します。
- 本論文では、最新の知見に基づくタンパク質フォールディングを促進する分子シャペロンと酸化還元酵素の作用メカニズムを包括的に説明し、これら生物学的理解に立脚したタンパク質フォールディング促進分子の開発に関する進展と今後の展望を報告しました。特に、タンパク質フォールディングの促進分子を開発する際、フォールディングの速度論的な「遅延制御」という独自の化学アプローチについて概説しました。
- フォールディング促進効果を持つ人工分子は、ミスフォールディング病の予防と治療に有効と考えられ、またインスリンや抗体医薬品などのタンパク質製剤の合成効率向上にも大きく貢献すると期待されます。また、タンパク質フォールディングは、生化学における基礎研究だけでなく、化学、薬学、医学と関連し、健康、福祉、そして長寿高齢化に伴う社会課題の解決に貢献する学問分野として、今後の大きな発展が期待されています。
本研究成果は 2024 年1月26日(金)、英国化学会誌「Chemical Science」のオンライン版(オープンアクセス)て?公開されました。
論文タイトル:Enzymatic and synthetic regulation of polypeptide folding
著者: Takahiro Muraoka, Masaki Okumura and Tomohide Saio
*責任著者 村岡貴博、奥村正樹、齋尾智英
DOI:https://doi.org/10.1039/D3SC05781J
概要
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院の村岡貴博教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、徳島大学先端酵素学研究所の齋尾智英教授の研究ク?ルーフ?は、タンパク質フォールディングを促進する酵素のメカニズム解明、および類似機能を持つ低分子化合物の開発に関して、「遅延制御」という独自の機構を提唱し、世界をリードする重要な成果をこれまで多数発表してきました。本論文で、これまでに得られた最新かつ重要な知見をまとめ、今後の展望と合わせて報告しました。
アミノ酸が連結して作られるポリペプチドは、天然構造と呼ばれる特定の三次元構造を形成して、タンパク質としての機能を獲得します。この天然構造を形成する過程をポリペプチド鎖の折りたたみ、フォールディング、と呼びます。非天然型の立体構造を形成した構造異常タンパク質は、神経変性疾患注1)や糖尿病などのミスフォールディング病を発症する原因と考えられています。またタンパク質は、インスリンや抗体医薬注2)などバイオ医薬品としても広く利用され、その社会的重要性は近年急速に高まっています。フォールディングを効率よく進める生体システムの理解と、フォールディングを促進する薬剤開発は、ミスフォールディング病の予防や治療、そしてタンパク質製剤の生産効率の向上に直結する重要な課題です。その中で我々は、独自に見出した「遅延制御機構」に基づき、以下に示す重要なメカニズムの解明と技術開発を世界に先駆けて達成してきました。
?分子シャペロンが、フォールディングを遅延させるホールダーゼ(Holdase)および促進するフォールダーゼ(Foldase)として対照的な二面性を示す分子メカニズムの解明
?ミスフォールディング病との関連が指摘されるジスルフィド結合触媒酵素群が、酸化還元反応の遅延制御によってフォールディング速度を精巧に調節する分子メカニズムの解明
?遅延制御機構に基づく、生体内システムと比肩する高い活性を持つ初めての人工フォールディング促進分子の開発
背景
タンパク質は、アミノ酸が特定の配列に従って連結したポリペプチドです。鎖状高分子であるポリペプチドが、タンパク質としての機能を獲得するためには天然構造と呼ばれる立体構造を形成する必要があります。この立体構造形成過程は、フォールディングと呼ばれます(図1)。インスリンや抗体医薬をはじめとするバイオ医薬品の価値は近年急速に高まっており、タンパク質製剤の生産効率を向上させる基盤として、フォールディングを効率よく進める薬剤は注目を集めています。他方で、非天然型の立体構造を形成した構造異常タンパク質は不可逆的に凝集し、神経変性疾患や糖尿病などのミスフォールディング病を発症する原因と考えられています。細胞内では、Trigger Factorなどの分子シャペロンや、Protein Disulfide Isomerase (PDI)などの酸化還元酵素が、構造異常タンパク質を低減する品質管理因子であることが知られてきましたが、その作用メカニズムについては、いくつかの重要な未解明課題が残されてきました。また、タンパク質フォールディングを促進する化合物は、ミスフォールディング病に対する予防薬、治療薬として、さらにタンパク質製剤の合成効率を高める材料として有用ですが、生体システムと同程度の活性を持つ化合物開発は成されてきませんでした。
研究体制
本研究は、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院の村岡貴博教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、徳島大学先端酵素学研究所の齋尾智英教授の研究ク?ルーフ?により行われました。本成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号: JP21H05096、研究代表者:村岡貴博;課題番号: JP21H05095、研究代表者:奥村正樹;課題番号: JP21H05094、研究代表者:齋尾智英)、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業FOREST (課題番号: JPMJFR2122、研究代表者:村岡貴博;課題番号: JPMJFR201F、研究代表者:奥村正樹;課題番号: JPMJFR204W、研究代表者:齋尾智英 課題番号: JPMJFR204W)の支援を受けて得られました。
本論文は、化学、生物学の研究者から構成される学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」で得られた、異分野融合共同研究の成果と展望の総括として発表されるものです。タンパク質フォールディングを化学と生物学の両視点を包含して説明する点で、先駆的な論文と位置づけられます。
研究の内容と成果
タンパク質は、親水性側鎖や疎水性側鎖を持つアミノ酸や、ジスルフィド結合を形成するシステインなど、様々な化学的特性を持つアミノ酸が連結して作られています。それらアミノ酸残基間で疎水性相互作用や水素結合、ジスルフィド結合が形成されることで、活性な天然構造へのフォールディングが進行します。ここで、フォールディング途上の変性タンパク質や非天然構造タンパク質は、疎水性アミノ酸側鎖や、システイン側鎖のチオール基が分子表面に露出した状態にあるため、分子間で非特異的な相互作用が形成されます。その結果、多数のタンパク質分子が会合した凝集体が形成され、さらにこの非特異的なタンパク質凝集体が神経変性疾患や糖尿病などの発症に深く関わっていると考えられています。生体は、タンパク質の非天然構造形成を抑制し、天然構造へのフォールディングを速やかに、正確に、そして効率的に進める分子システムを有しています。その中心に位置づけられるのが、分子シャペロンと酸化還元酵素です。
分子シャペロンは、フォールディング途上にある未成熟タンパク質を認識し、その凝集を抑制し、フォールディングを制御するタンパク質です。生体内に多種あるシャペロンは、それぞれ固有の活性特性を持ち、その代表的なものとして、フォールディングを促進する「Foldase活性」だけではなく、フォールディングを遅延する「Holdase活性」が挙げられます。Foldase活性は、より効率的にタンパク質フォールディングを完了させ、機能を持ったタンパク質を生産する上で重要ですし、Holdase活性は、タンパク質を変性状態のまま輸送する場面において重要になります。特異性の低い基質認識を通して機能するシャペロンが、どのようにしてFoldase/Holdaseの活性特性を発揮しているのかは長らく未解明でしたが、本論文では、シャペロン-基質タンパク質の複合体立体構造解析や結合キネティクス解析に関する研究を紹介し、最近明らかになりつつあるシャペロンの「活性-キネティクス相関」について統合的に解説しています (図2)。シャペロンは、基質タンパク質を変性状態に保持したまま結合することが複合体立体構造解析から明らかにされていますが、シャペロンは基質を常に保持しているわけではなく、結合-解離の交換があることも示されています。シャペロン-基質の結合解離の交換速度に注目した研究により、基質との結合速度が速いほどより強い遅延効果、すなわちHoldase活性が出されることが示されました。さらに、この結合速度は、シャペロンが多量体を形成することによって速くなり、より強いHoldase活性が出されることも示唆されています。このようなことから、シャペロンの機能的特性を説明する基本的な原理として、シャペロンの多量体化と、それによる結合キネティクスの変調が重要であることが明らかになりつつあります。この成果は、タンパク質のフォールディングを制御する材料設計の指針設計に貢献するものです。
ジスルフィド結合の導入?異性化反応に関わる酸化還元酵素群は、インスリンや抗体など生体の恒常性維持に関わる重要なタンパク質に対し、ジスルフィド結合形成を伴うタンパク質フォールディングを触媒する機能を持ちます。特に哺乳動物細胞の小胞体内には20種類以上ものProtein Disulfide Isomerase (PDI) familyが存在し、複雑でありながら精巧なジスルフィド結合の触媒ネットワークが張り巡らされています。最近ではパーキンソン病やアルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者からこれらPDI familyの変異やS-ニトロシル化などの化学修飾が見つかっており、PDI familyの機能失活が様々なミスフォールディング病を引き起こすと考えられています。したがって、PDI familyによるフォールディング触媒機構を詳細に明らかにすることは特定のミスフォールディング病に対する治療開発につながる期待があります。本稿では、これまで我々研究グループが明らかにしてきたPDI familyである、PDI, ERp46, P5の新規構造を基盤に、その触媒機構を概説しました。ERp46やP5はジスルフィド結合を導入することに特化していますがランダムにジスルフィド結合を導入する一方で、PDIは比較的ゆっくりとジスルフィド結合を導入しますが天然型ジスルフィド結合の導入効率が高いことがわかりました。すなわち、基質フォールディングの効率化のために、速度論的制御として遅延という機構が巧みに使われていることを説明しました。さらに、1分子観察法によるPDIによるフォールディング触媒の可視化は、一過的な触媒反応場を形成し、選択的に構造未成熟な基質を取込、触媒することをも明らかにしました(図3)。この成果は1酵素が複数の基質を触媒する際の分子認識機序を明らかにしただけでなく、フォールディング触媒の速度論的制御における生物学的遅延制御の学術基盤を構築するものです。
分子シャペロンや酸化還元酵素の詳細な機能発現メカニズムの解明は、類似の機能を持つ人工分子の重要な設計指針を提供します。分子シャペロン模倣分子の開発に加え、近年我々は、酸化還元酵素に並ぶ高い活性を持つ酸化還元酵素模倣分子の開発に取り組んできました。PDIの作用機序に関するこれまでの研究から、基質タンパク質に対するジスルフィド結合の形成と交換が、天然構造へのフォールディングを促進する重要な方法論であることが見出されてきました。ここで、ジスルフィド結合の形成と交換は、それぞれ反応を前進、遅延させるプロセスであり、前進と遅延の両立が、反応全体を効率的かつ迅速に進める重要因子であると考えられます。そこで、ジスルフィド結合形成に作用する高い酸化力と、交換に作用する高い求核性とを兼ね備えたジスルフィド/チオール化合物として、ジスルフィド骨格近傍にカチオン性のピリジニウム基を配置したpMePySSを開発しました。従来開発されてきた酸化還元酵素模倣分子は、基質タンパク質に対して過剰量の添加を要するものばかりでしたが、pMePySSは、基質タンパク質に対して1当量の添加で高効率にフォールディングを進める高い活性を有することが示されました(図4)。pMePySSが、タンパク質製剤であるインスリンのフォールディング促進に対しても有効であることが示されました。タンパク質フォールディングの加速における、前進と遅延を両立する遅延制御分子設計の有効性を示す成果です。
今後の展開
フォールディングは、活性なタンパク質を得る上で必要不可欠なプロセスです。生体内では、分子シャペロンや酸化還元酵素がその正確な推進を担い、タンパク質の品質管理が維持されています。ストレスなどによって、このタンパク質品質管理機構が破綻することで構造異常タンパク質が蓄積し、その凝集によってパーキンソン病やアルツハイマー病、ヤコブ病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、沖縄型神経原性筋萎縮症、2型糖尿病などのミスフォールディング病が発症すると考えられています。今後、「遅延制御機構」に基づく分子論的視点から、タンパク質品質管理機構の全体像と、その破綻に至るメカニズムがさらに詳細に解明されることで、ミスフォールディング病の発症予防と、根本的な治療につながるアプローチが見出されるものと期待されます。
タンパク質品質管理の増強や再構築を可能にする人工分子は、ミスフォールディング病の予防薬、治療薬として有効であると考えられます。予防薬、治療薬の構築を今後加速するために、生体システムに並ぶ活性を持つフォールディング促進人工分子のさらなる開発が発展するものと期待され、「遅延制御」はそのための学理基盤として位置づけられます。その発展は、疾患治療に加えて、近年急速に開発が進められている、抗体を基盤とするバイオ医薬品の効率的な合成にも深く貢献するものです。
このように、タンパク質フォールディングは、医学、薬学、そして化学、産業に密接に関わる学際研究分野です。今後計算科学などとの融合によりその理解と制御がさらに深化し、我々の健康と福祉、そして長寿高齢化に伴う社会問題の解決に大きく貢献するものと期待されます。
用語解説
注1)神経変性疾患
中枢神経を構成する特定の細胞群が障害を受け発症する脳神経疾患の1つ。構造異常タンパク質の蓄積や沈着が神経細胞群の障害を引き起こす主要因の1つと考えられている。
注2)抗体医薬
抗体を利用した医薬品。抗体は、がん細胞などの細胞表面にある抗原を特異的に認識し、治療する。抗原を持たない他の細胞は攻撃しないため、副作用が少ないと考えられている。
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