初記録:わなにかかった生きたシカを襲うツキノワグマ
初記録:わなにかかった生きたシカを襲うツキノワグマ
ポイント
- くくりわなにて捕獲された成獣のシカにツキノワグマが襲いかかり、捕食する一連の出来事を記録しました。
- ツキノワグマがシカに襲いかかったのは、シカが捕獲されてから約40分後でした。
- 最初の捕食行動から24時間以内に、ツキノワグマは少なくとも4回現場に訪れました。
- 本事例は、わなによるシカの捕獲行為がクマに新たな形での食物資源としてのシカを提供していることを示唆しました。
- 本事例は、わな周辺でのツキノワグマの滞在やツキノワグマが誤って捕獲される危険性を高めることで、捕獲従事者や周辺住民への人身事故リスクが生じる可能性を示唆しています。
本研究成果は、国際クマ協会(International Association for Bear Research and Management)が発行する学術誌「Ursus」オンライン版(2024年12月31日付)に掲載されました。
論文タイトル:Documentation of an Asiatic black bear preying on a living sika deer caught in a leg-hold snare trap
著者名:Akino Inagaki, Yuji Sugimoto, Maximilian L. Allen, and Shinsuke Koike
URL:https://doi.org/10.2192/URSUS-D-24-00013R1
概要
国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院の稲垣亜希乃特任助教、小池伸介教授、イリノイ大学(兼任 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院?特任准教授)のMaximilian L. Allen 准教授らの国際共同研究チームは、くくりわなにて捕獲されたニホンジカ(以下、シカ)にツキノワグマ(以下、クマ)が襲いかかり、その後死亡した個体に繰り返し訪問し、シカを採食する様子を捉えた一連の事例を報告しました。わなによって身動きが制限されたものの、生きた状態の成獣のシカをクマが捕食したことは世界で初めての知見であり、人によるわなを用いたシカの捕獲行為がクマに新たな形で食物資源としてのシカを提供している可能性が示唆されました。
背景
日本ではシカの数が増えたことによる農林業被害および生態系の改変が深刻であり、対策の一環としてシカの捕獲が全国各地で積極的に行われています。シカの捕獲手法のなかでも、脚をワイヤーロープで括る「くくりわな」と呼ばれる装置は、運搬や設置が比較的容易なほか、費用対効果も高いことから、その利用は年々増加しています。一方で近年、本州において、くくりわなの見回り(注1)の際に、捕獲されたシカがクマに食べられている事例が報告されるようになっています。このようなケースは、捕獲されたシカの周囲に仕掛けられた他のわなにクマが誤って捕獲(錯誤捕獲)されるリスクを高めるだけでなく、捕獲従事者が捕獲されたシカを処理する作業時の安全への脅威にもつながりかねません。しかしながら、クマがわなにかかったシカをどのように食べているのかという具体的な記録はこれまでありませんでした。
研究体制
本研究は、国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院の稲垣亜希乃特任助教、小池伸介教授、イリノイ大学(兼任 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院?特任准教授)のMaximilian L. Allen 准教授らの国際共同研究チームによって実施されました。なお、本研究はJSPS科研費23K26942および新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院からの助成を受けたものです。
内容
本研究は、栃木県日光市にて、くくりわなにかかったシカをクマが生きたまま捕食する一連の過程を記録することに成功しました(概要は図1のとおり。https://doi.org/10.2192/URSUS-D-24-00013R1 にて動画公開)。
2024年5月18日14時頃、捕獲従事者はシカやイノシシによる農業被害等の防止を目的としたくくりわな、およびくくりわなに訪問する動物を記録するための自動撮影カメラ(注2)を設置しました。その後、5月19日の3時過ぎに成獣のメスのシカがくくりわなにかかりました。さらに、その約40分後、1頭の成獣のクマがわなにかかったシカを取り押さえました(図2)。クマがシカに襲いかかってから約10分後にはシカは動かない状態になっていました。その後、クマはシカを咥えて自動撮影カメラの画角外(端)に移動し、シカを食べ始めたと推測されます。捕獲従事者は同日の午後にわなの見回りのために現場を訪れましたが、クマの気配を感じたため確認作業を中止し、翌20日の14時頃、再び現場を訪れてクマによって捕食されたシカを回収しました。シカは、胃と腸の一部を除いてほとんどの内臓が食べられていました(図3)。カメラの記録から、クマが最初にシカに襲いかかってから死亡したシカが捕獲従事者によって回収されるまでの間に、クマが少なくとも4回訪問していたことがわかりました。
わなにかかったシカをクマが襲った時点では、シカに明らかな衰弱の兆候(座り込みや負傷など)は見られませんでした。そのため、本事例から、クマはわなにかかった衰弱していない成獣のメスのシカを捕食できることが明らかになりました。クマは日常的に成獣のシカを捕獲し、捕食することはありませんが、シカの死体を発見すれば、その死体を食べることは知られています(詳細は過去のプレスリリース「森の掃除屋さん~シカの死体に群がる動物たち~」を参照)。また、初夏の出産直後の仔ジカを捕食することも知られています。そのため、クマにとってシカは貴重な栄養源であると考えられています。今回の結果から、人間のわなによる捕獲行為によって身動きが制限されたシカは、クマにとって新しい形での食物資源となっている可能性が示唆されました。今後は、このようなケースがどの程度発生しているのかや、クマがどのようにわなにかかったシカを発見しているのかといったクマの行動をより詳細に明らかにすることが課題として挙げられます。
今後の展望
シカが捕獲されてから約40分後という短時間でクマがシカを捕食したことが明らかになったことで、くくりわなの課題がより浮き彫りになりました。第一に、少なくとも1日1回のわなの見回りではこのような事例は防げないことが示唆されました。第二に、くくりわなにかかったシカの脚はワイヤーロープで木などとつながれているため、クマは容易にシカを移動させることはできません。そのため、クマはシカを確保した後も、わなの設置場所やその周辺に長時間滞在する可能性があります。このことは、見回りのためにわなを訪れる捕獲従事者とクマとの遭遇の危険性を高めるとともに、農地や住宅近くにわなが設置される場合には、一般住民にも同様の危険性をもたらします。第三に、くくりわなは近接した場所に複数設置されることも多いです。そのため、シカを襲うために近づいてくるクマに限らず、クマによって襲われたシカの死体を食べるために近づいてくるさまざまな動物が、周囲に設置されたくくりわなで誤って捕獲される可能性も高まります。これらの問題を踏まえた、人間と野生動物の双方の危険性を最小限に抑えるシカやイノシシの捕獲技術を開発し、実践することが求められます。
用語解説
注1)くくりわなの見回り
わなに動物が捕獲されていることを確認したり、わなが正常に稼働しているのか点検したりすること。一定の頻度での見回りが推奨されている。
注2)自動撮影カメラ
動物の熱を感知することで自動的に動物を撮影するカメラ。
◆研究に関する問い合わせ◆
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院グローバルイノベーション研究院
教授 小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@をいれてください)cc.wxanhx.com
プレスリリース(PDF:552.4KB)
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
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- 小池伸介教授?稲垣亜希乃特任助教が所属する 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】農学部地域生態システム学科