图片

環境哲学研究室ロゴ画像

【調査研究Ⅰ】学びの調査地③ 東京都調布市


立場を超えて話し合う場を創造した調布市のみなさん


議論の〈場〉づくり、という着想に関連して、あとふたつ、最初の科研費研究に流れ込んでいる現場での学びがあります。そのうちのひとつが、調布市民のみなさまからの教えです。

調布市の若葉町には、国分寺崖線沿いに残っている都市の緑があります。若葉の森というのですが、そこを貫く形で、1964年の東京オリンピックに向けてつくられた都市計画道路の計画線が引かれています。でも、この地域は、若葉の森がつくりだす綺麗な空気と環境の良さに惚れこんで引っ越してくる方たちによって形成された街、といって過言ではありません。

そんな若葉町に、2007年の冬、市から突然、30年以上凍結されてきた道路計画を始動するという発表が、若葉小学校を会場にした説明会の場でなされたのです。

寝耳に水だった地域の方たちは、良好な住環境を壊されてはたまらないと、徐々につながっていきました。そして、「国分寺崖線の緑を守り、調布3?4?10号線を考える会」(通称「若葉の森を考える会」)が結成されます。

活動としては、まず、市にたいする署名活動から始まりました。集まった署名(1万筆以上)が市長に届けられました。そして、2008年から、市の担当部署との断続的な協議会が、誰でも参加できる形式で、あわせて10回以上開催されました。

考える会の共同代表のひとり、堀尾輝久東京大学名誉教授(教育学)と私は、総合人間学会という学会でご一緒していました。そのご縁があって、「澤さん、こういう活動があるんだけど、協議会の書記を手伝ってもらえないだろうか」と依頼され、第2回協議会から参加するようになりました。弘前大学に着任するまでのあいだ、協議会での書記、帰ってからの文字起こし(議事録作成)をボランティアとして担っていました。

地域の人びとがどのようにつながっていったのか、考える会の方たちはどういう考えのもとで活動していたのか、といった詳しい経緯は、「研究実績」のページの「刊行著書」にある共著書5『リアル世界をあきらめない』第4章にまとめていますので、興味があったらぜひご覧ください。

私が心を揺さぶられたのは、考える会というネーミングからわかるとおり、会の中心メンバーのなかには、道路計画そのものに反対する方から、道路はつくってもいいけど森を貫くのはおかしいという考えの方まで、多様な考えの住民が集まっていたという事実です。

協議会には、計画おおいに賛成、と正面切って仰る地域の方はなかなか参加されませんでしたが、考える会のみなさんは、そういう方たちも含め、計画の根本から語り合う場にしたかったそうです。そうだとすると、若葉の森を考える会は、住民のみなさんが、道路計画という公共事業に対峙した結果、地域での議論の〈場〉づくりを自らの手で行ったということになります。

これって、すごいことだと思うのです。

このような事例の真っ只中でお手伝いをしていた経験が、大間町での気づきにつながり、大鹿村での対話の作法の重要性の学びにもたどり着いたのではないかと感じています。

ちなみに、若葉の森を貫く道路計画については後日談があります。

新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】の教員として東京に戻ってきてから、若葉の森を考える会の方に『僕の街に「道路怪獣」が来た――現代の道路戦争』(緑風出版、2019年)という本を頂きました。この本を書かれた山本俊明さんによると、このころまでの道路計画は、旧都市計画法、すなわち、住民の意識をくみ上げようという考え方はまったくない、戦前の法律のもとで策定られたものでることがわかったというのです! つまり、若葉の森を貫く予定の「調布3?4?10号線」もまた、そもそも、日本国憲法下の法体系のなかでつくられた道路計画ではないのです!

このように、問題含みの道路計画ですが、調布市のみなさんの運動が盛り上がった結果、調布市のご理解もあり、若葉の森を貫く部分だけは着工されないまま今に至っています。

地域のみなさんがつくった議論する〈場〉が、道路計画を押しとどめている事例です。

ただし、計画自体はずっと生き続けており、予断を許さない状況が続いています。くわえて、同じ地域で掘られている東京外郭環状道路の地下トンネル陥没事故が2020年の10月18日に発生しました。

被害を受けた住民のみなさんにたいし、共同での交渉には応じない、という姿勢を事業者側は崩さず、地域で分断が起こっています。また、そもそもの被害も矮小化され、泣き寝入りさせられかねない方がたもたくさんおられます。

法治というものの崩壊現象が見受けられるような状況のなか、地域住民だけが対話を重視しようとしても、もうどうにもならない事態が、公共事業という壁によって引き起こされています???。

(2024年3月15日掲載)